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相続放棄者の義務について

【1】民法改正の背景

東日本大震災からの復興に際して、所有者不明土地によって復興が遅れてしまうという問題が生じました。このため所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の両面から総合的に民事基本法制を見直す方針が政府によって打ち出されます。

そして「相続放棄をした者の義務」について、令和3年4月21日には「民法等の一部を改正する法律」が成立し、より明確な規定が定められました。令和5年4月1日より施行されます。

【2】改正前の民法

相続人が相続放棄をした場合、借金等を相続することはなく債務は免除されますが、不動産等については相続放棄をしても管理義務を負い続けなくてはなりません。

改正前の民法には、次のように規定されていました。

(相続の放棄をした者による管理)

第940条 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。

①管理の期間

相続放棄をした人の次に相続人となった人が管理を始めることができるまでは、管理をしなければなりません。

②管理責任の程度

「自己の財産におけるのと同一の注意」をはらって管理をしなければなりません。

「自己の財産におけるのと同一の注意」というのは「善管注意義務」よりも軽い注意義務のことです。

善管注意義務」というのは「善良な管理者の注意義務」の略で、より慎重に注意を払う義務のことです。その人の職業や社会的経済的な地位に応じて、相応の一般的客観的な標準に基づく注意を要求される義務ともいえます。

(特定物の引渡しの場合の注意義務)

第400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

【3】改正後の民法

民法が改正され、より明確にその管理義務や期間が示されました。

(相続の放棄をした者による管理)

第940条 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

①「現に占有している相続放棄者」だけが管理義務を負うということです。

占有というのは「自分のために物を持っている」という状態のことです。例えば、家屋に現に居住し、その中に家財道具を置いている場合には、家屋と家財道具を占有していることになります。

現に占有していない相続放棄者には管理義務が及ばないということです。

②義務の内容が「管理義務」から「保存義務」に変わりました。

具体的には、(ア)財産の現状を滅失または損傷する行為をしてはならない(イ)財産の現状を維持するために必要な行為をしなければならない、ということなのですが、民法改正の議論の中で(ア)(イ)両方の義務を負うとする考え方と(ア)のみの義務を負うとする考え方の2つが示されています。政府によるパブリックコメントでは、相続放棄者の義務が重くなることは妥当でないとしてする意見が多数を占めたようです。

③義務の程度は「自己の財産におけるのと同一の注意」で変わりはありません。

④相続財産を保存する義務の相手方は、次の相続人または相続財産法人になります。

相続財産法人とは、民法951条において、相続人がいなくなったときには相続財産法人が成立するとされています。相続財産法人になっただけではどうにもならないので、家庭裁判所が利害関係者や検察官の請求によって相続財産清算人を選任し、財産の処分が行われます。

(相続財産法人の成立)

第951条 相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。

(相続財産の清算人の選任)

第952条 前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければならない。

2 前項の規定により相続財産の清算人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なく、その旨及び相続人があるならば一定の期間内にその権利を主張すべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、六箇月を下ることができない。

相続放棄者が保存義務を負う期間は、次の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間です。

相続放棄者の次に相続する人が受領拒否または受領不能の場合、放棄者は目的物を供託して保存義務を修了させることができると考えられます。

ただ不動産の場合は、裁判所の許可を得たうえで競売に付し、その代金を供託することができるとされています。

おわりに

相続放棄をしたからといって、すべての責任から逃れられるわけではありませんが、今回の民法改正によって相続放棄をした後の責任が、より明確に示されたのではないでしょうか。

相続をしたことによる不利益を回避するという相続放棄制度の趣旨ができるだけ生かせるような実務となってほしいものです。